
「金田一少年の事件簿」の作中でボーガンを使ったトリックが出てくる。あれは本当に実現可能なのか、実際に作って検証してみました。
●「金田一」のトリックは実現可能なのか
「金田一少年の事件簿」が好きです。
この作品の魅力はたくさんあると思いますが、中でも重要な要素となるのがやはり「トリック」でしょう。
犯人たちは時に巧妙、時に大胆なトリックを使って殺人事件を起こすのに対し、主人公の一(ハジメ)はIQ180の頭脳と推理力をもってそのトリックを解き明かしていく・・・
トリックをめぐる犯人とハジメとの駆け引きなくして「金田一少年」は語れないと言っても過言ではありません。
ところで「金田一」を読む度にいつも疑問に思うことがあります。
それは、「このトリック、本当に実現可能なのか?」というものです。
理屈の上では出来るかもしれないけどさぁ、こんなの実際には無理でしょ!と小学生の頃に初めて「金田一」を読んだときも思いましたし、大人になって改めて読み返してみてもやはり同じことを思います。
20数年前に「金田一少年」に心をときめかせた私も大人になり、多少の知恵と技術を手に入れました。
今こそ長年抱き続けてきたこの疑問に真剣に向き合えるときなのではないかと思い、金田一のトリックを実際に検証してみることにしました。
!!!注意:この記事では以下最後まで「金田一少年の事件簿 オペラ座館殺人事件」に関するネタバレが多く含まれています!!!
●「時限式ボーガン」の設計
今回検証してみるのは、金田一少年シリーズの記念すべき第一話「オペラ座館殺人事件」に用いられる、ボーガンを用いたトリックです。

([原作]天樹征丸/金成陽三郎 [漫画]さとうふみや『金田一少年の事件簿File01』、講談社、2004、p.192から引用)
この事件の真犯人、有森裕二はこのページに出てくる「時限式ボーガン」を使って早乙女先輩を殺害しようと企てます。
そのことを見破ったハジメはこれを逆手にとり、有森を犯人としてあぶり出すために利用する・・・という「オペラ座館事件」の中でもひときわ重要なトリックです。
このページの2段目のコマで、ハジメが次のような説明をしています。
「たとえばボーガンの矢の発射装置を糸で縛って固定し
時計の短針につけたカミソリの刃で時間がくると糸が切れ
毒をぬったボーガンの矢が放たれる
ーそんなトコだろう」
これをもとに、装置の簡単な設計図を描いてみました。

さっき大人の知恵と技術がどうのこうのという話をしたけど、小学生の夏休みの工作みたいな設計図である
続いて材料調達です。
この時限式ボーガンの主な材料である「アナログ時計」と「ボーガン」を探してくることにします。

どちらも100均で入手できた
ボーガンについてですが、本物のボーガンを使ったら本当に殺人事件が発生しそう(自分or周囲の誰かが死ぬ)なので、おもちゃの弓矢で代用することにしました。
ここまでくれば、後は装置を作って動かすだけです!
●試作
・・・と思ったのですが、実際に試作して動作を確認していく中でひとつ問題が発生しました。
カッターの刃では糸が切れないのです。

切れない!
刺繍で使う糸を使ったのですが、時計が針を動かす動力ではとても糸を切れそうにありません。
刃を重ねてハサミのようにしたらどうかなどいろいろ試してみたのですが、糸というのはそれなりの強度があり、簡単に切れないものなのです。
刺繍糸のより線をほどいて強度を下げれば切れやすくなるのでは?とも考えたのですが、そうすると今度は時計と弓矢を連結させたときに加わる張力で糸が切れてしまい、やはり所定の目的を達せられません。
では有森は一体どうやってこの時限式ボーガンを完成させたのか?
検討を重ねる中で、私はひとつの結論に辿り着きました。
それは「糸を切るのではなく受け流すことで矢を発射させる」です。
つまりこういうことです。

@糸を輪っかにして分針に引っ掛けて・・・

A時間が進んでいき、糸と分針の角度が90度以下になると・・・

B自然に矢が発射する!
このような機構にすることで、矢が無事に発射できることを確認しました。
切るのではなく受け流す・・・まさに「柔よく剛を制す」といったところで、戯れにおもちゃのようなものを作っていたつもりがなぜか古代中国の老子の教えに行き着いてしまい、少し狼狽しました。
●完成、動作確認
そんな何やかんやがあった末に完成した時限式ボーガンがこちらになります。

部品点数を極限まで減らしたシンプルなデザイン・・・、まるでアップルのプロダクトのよう(ぜんぜん違う)

弓にネジを追加して板に固定している

こちらは、板に挿してある2本の長いネジがポイント。これによって糸の張力が加わっても時計本体が動かないようになっている
実際に時限式ボーガンが作動するところがこちらになります!

これはGIFの短縮バージョン
こちらは動画バージョン。タイマを仕掛けてから発射するまで8分近く掛かる(ので途中倍速にしています)
●河川敷でボーガンを試す
家の中だと少し手狭なので、近所の河川敷に装置を持って行くことにしました。

行く途中の道で梅の花が咲いていた

花を愛でながら弓で的を射落す遊びに興じる。平安貴族のような優雅さである
●考察
さて、実際に時限式ボーガンを作る中で見えてきたものがあったので、「オペラ座館殺人事件」について改めて考察してみたいと思います。
@謎はすべて解けていたのか
まず第一に、このトリックに対するハジメの推理についてです。
ハジメは「カミソリの刃で糸を切って矢を放つ」という推理をしていましたが、実際にやってみると刃で糸を切るのは難しいことが分かりました。
結局有森がどのようにこの装置を作ったのかが描かれていないので何とも言えませんが、ハジメの推理が少し外れていた可能性が高いのです。
つまり、「謎はすべて解け」ていなかった、かもしれないのです。
弘法にも筆の誤り、名探偵の孫にも推理のミスあり、と言ったところでしょうか。
A有森の人物像
第二に、このトリックを作り出した「有森」の人物像についてです。
物語の中で、有森はこのトリックをかねてから周到に準備していたわけではありません。
有森にとってのハプニングがストーリーの途中で発生したため、止むなくいわば即興的に作り出したのがこの時限式ボーガンなのです。
先に引用したページで、ハジメはこう言っています。
「お前は小道具とか作るの得意だったから
そんな仕掛けぐらい簡単に作れるはずだ」
実際に作ってみて分かったのは、時限式ボーガンはハジメが言うほどには「簡単」ではない、ということです。
ハプニング発生から1日かそこらでこのトリックを思い付き、それをすぐさま具現化させて実用までこぎつける・・・並外れた能力と言わざるを得ません。
作中でそこまで多くは語られないのですが、有森はハジメに匹敵する天才的な頭脳の持ち主だったのかもしれません。
●終わりに
今回の製作で分かったことをまとめると次の3点になります。
@有森が考案した時限式ボーガンは実現可能である
A時計とボーガンを連結する糸は切断するのではなく受け流すようにして矢を発射させると良い
Bこの装置を作るのはハジメが言うほど「簡単」ではない
A時計とボーガンを連結する糸は切断するのではなく受け流すようにして矢を発射させると良い
Bこの装置を作るのはハジメが言うほど「簡単」ではない
検証を通じて「金田一」という作品への理解が深められたことに対して、個人的にとても満足しております。
ちなみに、有森を主人公にしたスピンオフ作品も出版されている